ゲーム業界の小論文サンプル『面白かったゲームと、その理由』

「面白かったゲームと、その理由を、600字以内で書きなさい」
課題
これまでに遊んだRPGの中で、X X X X シリーズ以外で面白いと思ったものを1 本上げ、どこがどのように面白いと感じたのか? 面白さの本質について400~600字で述べよ。

回答: Final Fantasy VII
私がこれまでに遊んだRPGの中で、特に面白いと思ったものは『Final Fantasy VII』です。バライティに富んだ登場人物や、既存のファンタスティック世界を覆した点。色々ありますが、やはり何よりも感動したのはシナリオです。

各キャラクタ一が「星を救いたい」という大義を通して、真に自分の内側にある心を探っていくその綺麗事に留まらぬ人間像。あるいは、最初は断片的だった様々な要素が、見事に収束されて行く心地良さ。
特に後者における、「戻るべきに戻す」シナリオは秀逸だと思いました。

例えば、最終決戦前に、シナリオがミッドガルに戻ってくる。これだけでも舞台が締まったと思いますし、あるいは主人公クラウドの過ち。およそヒーローらしからぬ醜態を描いてまで、最後に自分を取り戻すという演出を可能にした。とんでもない冒険だと思います。

そしてこの「戻るべきに戻る」という感覚こそ、面白さの本質ではないでしょうか。と言うの
もこの感覚は、「生まれて死ぬ」という人間の性に、そのまま通じているからです。
突然終わってしまうのではなくて、どこかで終わると言うことを知っていて。だからこそ収めるべきに収めようと、悪足?く姿が愛おしい。結局、人が打たれるのは人の話。面白さの本質とは、そこに集約されるのだと思います。

その意味で、やはり『FFVII』は本当に面白く、素晴らしい作品だと思いました。私もかの名作に恥じぬよう、裏打ちある世界を描きたいです

今までで一番嫌だった経験を、4 0 0 0 字以内で書きなさい

※ 以下、合格した原稿
※ 実際の原稿は、手書きで作文用紙に転載。

今までで一番嫌だった経験。それは、自分には能力が足りなくて作り手にはなれないと思ったこ
とです。
私はいつも、何かを作りたいと思っていました。小説?漫画?映画?アニメ?ゲーム… エンターテイ
メント作品と呼ばれるもの。どれも物心ついた時から私の身の回りに存在し、なくてはならないものでした。いつからか、作品から受けた感動や想いを、受け取るだけでなく伝える立場に立ちたいと思い始めました。そのために、美術大学に入学し、映像作品の作り手になろうと決心しました。

しかし大学に入って少しした頃、自分は作り手にはなれないと悟りました。自分には作り手に必
要な、常に作品のことを中心に物事を考えるという才能がありませんでした。例えば実写映画の
制作課題で、川原で火を焚くシーンを撮りたいとき。監督とカメラマンの立場になった人間は、本当に良い絵を撮るためならば多少の危険は顧みず、川原の使用許可がおりないならゲリラでも撮影してやると意気込んでいました。私はその考えに賛同できませんでした。最高の絵にならずとも、周りに迷惑がかからない安全な方法をとるべきではないかと提案し、作品の質を落としたいのかと非難されました。

ドラマやアニメーションのグループ課題で与えられる役割、監督?プロデューサ一?照明?撮影?
音?美術をほぼ一通り経験した結果、自分はプロデューサーの仕事をしている時が一番楽しいと気づきました。楽しい、というよりは、性にあっている、といったほうがいいのかもしれません。
スケジュール管理や連絡、場の雰囲気作りに資金繰り。自分の動き次第で、メンバ一の作業効率
も変わってしまうという緊張感。気づけば、直接作品を作る時間は減り、進行管理に夢中になっていました。勿論演出や内容については皆で話し合って確認するので、作品に関して一切関わっていないわけではありません。けれど、関わっている割合は、監督や他のスタッフのそれにくらべて大分少ないものでした。

つまり、大学の入学前までやりたいと思っていたこととは、明らかに違う方面に向かってしまっ
ていた。少なくとも当時は違う方面に向かっていると思われた。自分の中の作るということに対するイメージと、プロデューサーという役割とがどうしても結びつかなかったのです。
そして、私には、それが恐ろしくてなりませんでした。

自分に向いているのだからこの役割をやり通せばいい。他のどの役割よりやりたいと思ったのだ
から、間違いではないはず。そう思いながらも、長年作り手になりたいと思っていた私は、監督やその他の技術職に対する憧れを捨て切れませんでした。それらが出来ないから、自分には開発職の才能がないから、プロデューサーという立場しか残っていないのだと思いました。長年直接作品を生み出す作り手になりたいと思っていた私にとって、その事実はとても冷酷でした。グループの役割分担を決める際は、進んでプロデューサーを志望しながらも、「どうせ他のことはできないから」と、まるで負け惜しみのような考えを口にしていました。プロデューサ一の仕事が嫌いだったわけではありません。むしろ、嬉々としてやっていました。けれど、自分の適性とやりがいがあることを見つけたのにも関わらず、それに納得しきれない自分がいました。中途半端な作品を見て苛立ちを覚えるのも、直すだけの力量が自分にはないからで、またその事実が悔しかったからだと思っていました。そうして、結局自分は何をしたいのだろうと日々悶々としていました。

そんな中、その思いをひっくり返すような出来事がありました。
こいつには文句なしに敵わない、そう思わせる創作バカ達に出会ったことです。
不思議なことに、絶対に超えられない壁にぶち当たったにも関わらず、私は少しも嫌だとは思いませんでした。作るものに妥協せず、常にそのことだけを考えている人々。そう、本当に凄い物
に対しては、苛立ちを覚えるどころか悔しいとも思わず、むしろ清々しい気分になるということを知りました。

彼らは、これまで出会ったどんな作り手よりも、作ることに対して貪欲で純粋でした。(とにかく創作することしか頭にないんですもの!)最高のものを作るためには、より良いものを作るためには、自分の腕すら切って捨てると言う様な人々でした。圧倒され、そして悩んでいた自分がバカらしくなりました。自分には決して同じような真似はできない。だから純粋に、この人たちの支えになりたいと思いました。

そして、ふと気づいたのです。自分は作り手になりたいと思っているという勘違いをしていたことに。これまでずっと、自分は作り手には向いてない、そうなるための能力が足りなくて挫折したと思っていました。しかし、最初から違っていたのです。私は、創作バカ達のために、彼らが作る作品のために、彼らが動きやすくなるような、よりよい環境を作りたかったのだと。そうして出来た作品を、たくさんの人に伝える役目を負いたかったのだと。結局実現させられなかった川原で火を焚ぐンーンも、きちんと根回しをすれば、実現可能になるでしょう。そうやって、作り手が本当に作りたいと思うものを作れるように、その手助けをする。それこそが自分のやりたいことなのだとはっきりしました。

やりたいことに対して、自分の能力が足りないと思ったときは悔しくてしょうがありませんでした。
今思い返しても、人生で一番嫌な瞬間でした。ただそのおかげで、本当にやりたいことが見つかりました。これからは、その夢と実現にむけて歩んで生きたいと思っています。

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